世界のスタープレーヤーエピソード

ワールドカップや世界のリーグで活躍するワールドクラスの選手たちの考え方、生き方には励まされるものがあります。それをどうしても多くの人々に広げていきたいと思い、このページを作りました。少しでも読んでくれたかたのお役に立てれば幸いです。

episode2. アンヘル・ディ・マリア 「決断のポジションチェンジ」

ディマリアは、ロナウドやエジルらを擁するレアルマドリードの輝かしい攻撃陣の一角を担う選手である。

 

14歳でアルゼンチンの名門ロサリオセントラルに入団。当時はサイドバックとしてプレーしていた。スピードはあるものの、細い体つきでスタミナはなく、対人プレーの弱さが指摘されて、一部の指導者からは「大成しない選手」と烙印を押されていた。

 

ところが、2007年にセントラルの監督に就任したカルロス・イスキアは彼のある才能に着目した。

 

「守備への切り替わりが鈍いが、スピードを活かした攻撃参加は得意。サイドバックとして起用するより、前線で自由にやらせる方がよいのでは。」

 

そこで、サイドバックから左ウィングへのポジションチェンジを断行。それにより、瞬発力やスピードを最大限に生かし、才能を一気に開花させることに成功した。

 

ロサリオセントラル時代のコーチからは「お前は才能がないから他の職業を探したほうがいい」と言われた事に「悔しかった。あのコーチの言葉は絶対に忘れない。試合で悔しさを晴らすんだ。」と語るディマリア。

 

当時味わった屈辱を活力剤とした攻撃的プレーで、レアルマドリードでも多くの得点シーンを演出。スター軍団の中で、今も更なる成長を遂げている。

 

(参考文献)

NUMBER771.文芸春愁「アンヘル・ディ・マリア/決断のポジションチェンジ」p49.

episode1. ディエゴ・フォルラン 「不屈の精神」

フォルランがサッカー選手を目指したのは12歳の時だった。

姉が交通事故で下半身不随になり、治療費で家計が苦しかったとのこと。

「サッカー選手になって姉を救いたい。」

フォルランの不屈の精神はこのときに生まれたのだとか。

マンチェスターユナイテッドをクビ同然で追われたことあったが、現在はスペインのチーム、アトレティコマドリードでレギュラーとして活躍している。 代表チームがピンチに陥ったときも救いの一撃で浮上させたこともあった。こうして逆境から這い上がってきたフォルランは、不屈の精神を体現し続けてきたのであった。

(参考文献)

Sportiva 2010.8.集英社「ピッチに立てないスアレスを主将フォルランが救ったひと言」p16.